長かった冬も終わって、ようやくやってきた春の陽気に、後は桜の花の開花を待つばかりですね。といっても花粉症を持つ人 (私も含めて) にとっては、爽やかな気候とはうらはらに憂鬱な季節でもありますね。でも何事もプラスに考える癖がついているせいか、体全体で春を感じているんだなーなんてお気楽に考えている今日この頃です。
今日は「わが身知らず」ということについてお話ししたいと思います。自分の姿って自分が一番知っているようで、本当は一番わからないものだと思いませんか? 「そうそう、あいつは本当にわが身知らずだよな」と思ったあなた、「わが身」を「わたし」と置き換えて聞いて下さいね。 ある人がこんなことを言っていました「自分はこんな人間だ」と気がついたことがあるとすれば、周りの人間は相当前からそのことに気がついている、一番最後に気づくのが自分だ、と。「なるほど!」と感心したのと同時に、自己反省で相当ショックを受けました。自分でも感じている欠点がいくつか (も?) あります。 周囲の皆にはどう映っているんだろうと考え出したら夜も眠れなくなりました。(笑) 数日経ったある日、私はある実験を試みました。自動車を運転していて「譲る場面」と「譲ってもらう場面」どちらが多いか数えてみよう、と。皆さんはどちらが多いと思いますか?私の周りの人に聞いてみたら10人が10人「自分が譲る場面」と答えてくれました。皆さんも試してほしいのですが「相手に待ってもらった」「(登坂車線等で) 道を譲ってもらった」等を数えてみると意外にも「譲ってもらう場面」の方が数倍多いのです。私の場合ですと、会社の駐車場の出入りで最低2回、交差点を直進する時に、対面の右折車を待たせて一回 (2台なら2回) 等々、対して「自分が譲る場面」はというとなかなかおとずれないわけでして・・・意識して数えてみるとよくわかりますが、はるかに譲ってもらう場面の方が多いわけです。もしそれでも譲る場面の方が多いという人がいたならば、その人は聖者か無神経かのどちらかです(笑) わかりやすい例をもう一つ、最近禁煙区域が増えてタバコを吸う人は我慢を強いられていますが、居酒屋などでは周りにタバコを吸わない人がいてもお構いなしにタバコを吸って受動禁煙 (タバコを吸わない人が、周囲の喫煙者の煙を吸わされている) を強いているわけです。逆の立場から見れば、タバコを吸わない人は禁煙者に気を使わせて我慢させているとも言えます。 私たちは、無人島に一人で住んでいるならばいざ知らず、沢山の人たちに囲まれて暮らしているわけですから、当然沢山の人たちと接して生きているわけです。その中で自分は周囲の人に我慢させたり、譲ってもらったり、迷惑をかけたり、助けてもらっているわけです。自分が相手に対して思っているより何倍も。それに気付かないと「自分ばっかり我慢している」「あの人に迷惑を被った」「○○してあげたのに」と苦しまなければなりません。自分の姿に気付けば、自然に感謝の気持ちや反省の気持ちが出てきます。自分自身の姿を知ることが、自分を高めて幸せな人生を送る上でとても大切なことなのです。 このスタッフ通信で書いていることは、色んな人の話を聞いたり、本を読んでの受け売りの知識に過ぎません。しかし、自分より幸せだろうと思える人の考えですから、それを取り入れて実行すれば今より生活レベルが向上することが確実です。自分自身、緒先輩方の本や講演で知識を取り入れることによって、生活が豊かになってきたと思えるから真似を薦めるのです。それによって幸せになれるかどうかは別問題ですが、今より向上したいと思ったら是非、先人の知恵に耳を傾けてください。向上なんて必要ない、今のままの生活で十分さと思われたら破り捨てていただいて結構ですが。(笑)
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